東京高等裁判所 昭和42年(ラ)324号 決定 1967年9月08日
抗告人 畑泰(仮名)
相手方 畑伸子(仮名)
主文
原審判を取消す。
本件を東京家庭裁判所に差戻す。
理由
本件抗告の趣旨および抗告の理由は末尾添付別紙記載のとおりである。
本件記録によれば、「抗告人は、昭和一七年以来、相手方と婚姻関係にあり、相手方との間に四人の子女をもうけ、昭和二四年八月からは抗告人肩書住所地に居を構え、相手方および子供らと同居生活を送つていたところ、かねて家庭生活に不満をもつていた相手方は、昭和四一年二月頃より、夫である抗告人に無断で、立川市のバー「ナナ」やキャバレー「女の城」に勤めはじめ、これを中止するようにとの抗告人の厳重な勧告を無視し続けたあげく、昭和四一年六月一七日、抗告人および子供らが留守の間に、無断で自分の荷物をまとめて、家出を敢行し、爾来その肩書アパートにおいて単身の生活をはじめたこと(相手方は、原審において、右家出は調停委員の言葉に従つて三ヵ月位の反省期間の別居という約束でしたものである旨供述しているが、右供述は、原審参考人大和田誠二の供述に比照して信用できない。)、相手方は、その後も引続き、新宿の「フールテン東京」、立川駅南口の「クラブ・エモン」、立川駅北口の「ダイヤモンド」、三鷹駅南口の焼鳥屋、吉祥寺南口の「バー・慕情」等に転々と勤め口を替えながら、上記アパートにおいて自活生活を続けているため、抗告人と相手方とは現在なお別居関係にあること、相手方は、昭和四一年一二月一二日、原審に対して「性的不満」、「性格があわない」、「暴力をふるう」、「精神的に虐待する」「生活費を渡さない」等の申立動機を挙げて、夫婦関係を維持するための生活費として抗告人が相手方に対して、毎月金二万円を支払うよう審判の申立をなしたところ、原審は、「相手方と抗告人とは、これまで二〇年余に亘り同居を続け、問題を抱えながらも人生の相当期間を過ごしてきた夫婦であること、相手方が一種の性格的病人であること、抗告人が今回の件について強く相手方との同居の受入れを拒否していること」を理由に、抗告人に対して相手方に一ヵ月金一万円の支払を命ずる審判をしたものであること、」が認められる。
ところで、民法第七六〇条所定の婚姻費用分担の規定は、別に同法第七五二条に夫婦の同居と協力扶助義務について規定されていることに鑑みると、夫婦が別居している場合にもその適用をみるものと解せられ、夫婦がその社会生活の必要その他の事由から、相互の協議をもつて別居した場合とか、正当な事由によつて已むなく別居せざるを得なくなつた場合に同条が適用されるものであることについては疑問の余地がない。しかしながら、配偶者の一方が、相手方配偶者の意思に反して、あるいは正当の事由もなく、独断的に別居を敢行した場合にまで、該配偶者に、相手方配偶者に対する自己の生活に要する費用等の支出を請求する権利があると解することは相当でない。けだし、右規定の趣旨は、夫婦相互の同居および協力扶助の義務を定めた民法第七五二条と相俟つて、夫婦相互の協力による健全な婚姻生活の保持を計つているものであつて、今日の社会体制ならびに社会通念においては、健全な婚姻生活の本質的要素は、なんといつても、夫婦の同居と相互協力にあるというべきであるから、婚姻生活の右本質的要素を構成する義務に正当な事由もなく、自ら積極的に違背する挙に出ている者にまでなお相手方配偶者から、生活費等の支払をうける権利を認めることは、他に特段の事由(未成年の子を伴つている等)でもない限り、とりも直さず、健全な婚姻生活の破壊を是認し、助長することに帰するからである。
されば、上記認定のような本件事実関係のもとにおいては、原審は宜しく相手方の本件別居の敢行に正当事由があつたか否かについて慎重審理判断すべきものといわなければならない。しかるに原審は、右にいでず、本件につき上記のような事由によつて抗告人に婚姻費用の分担を命じているが、二〇年余夫婦であつたとの一事をもつては未だ同条の義務を認める理由となすを得ざるは明らかであり、その言うが如く、相手方が性格的病人であるとしても、本件記録上、抗告人は相手方が医師の診断の結果入院加療を要するとすれば、その入院治療に協力する気持を充分持つているものであることを認めることができるし(記録九二丁表一行乃至四行)、また抗告人が現在相手方との同居を拒否するに至つたのは、同人が、昭和四一年八月二〇日頃、相手方の上記アパートを訪問し、相手方の日記等により相手方が不貞をはたらいていると信ずるに至つた結果であり、相手方が上記家出を敢行した当初は、抗告人において相手方に帰宅するよううながしていたこと、昭和四一年暮になつてもなお相手方に対して、家に戻るよう申し送つたが相手方において拒否したものであること(この点、相手方の自陳するところである。記録四三丁裏一〇行目乃至一四行目)が認められないではない。右事実に、相手方が抗告人の強い反対を押し切つて今日の社会通念上教育者(抗告人は昭和三七年四月以降府中○○中学校長の職にある)の妻としてふさわしくないと評価される職業に従事し続けているのみならず、自己の上記アパートに他の男性を引き入れ、不貞の行為に及んでいる(記録編綴の申立外岡本礼助の陳述書ならびに抗告人が当審において提出した証拠資料によつてこれを認めることができる)事実を併せ考えると、相手方の敢行している本件別居には正当の事由ありとは考えられないといわざるを得ない。
されば、右判示したところとその見解を異にし、上記のような事実を認定しただけで直ちに抗告人に対して、婚姻費用の分担として相手方に毎月金一万円の支払を命じた原審判は相当と認め難く、本件抗告は理由があるものといわなければならない。而して、本件についてはなお上記認定事実の存在にも拘わらず、相手方の本件別居を正当ならしめる事由が他に存するかどうかについて一層の審理を尽さしめる必要があるので、家事審判規則第一九条第一項によつて原審判を取消し、本件を原審に差戻すべきものとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 石田哲一 裁判官 矢ヶ崎武勝)